File11 “遊休農地から生まれる信州の恵み”塩尻市 一ノ瀬進五さん
File8でご紹介した一ノ瀬素也さんのお父様である一ノ瀬進五さんをご紹介します。
木曽郡大桑村出身。米作りができない山間地で育った一ノ瀬さんは上西條で専業農家だった家に婿入りし、そこで初めて米作りを経験しました。塩尻市内の会社に勤めながら、お父様が動けなくなってからは、休みの日に農地をトラクターで起こすことと草刈りを繰り返していました。
見せていただいたのは、これまで栽培した作物の丁寧な記録。お父様が亡くられてからは、本などを参考に試行錯誤を繰り返しながら、米作りや田んぼの転作畑を利用した野菜作りに真摯に取り組んでこられました。
上西条では小さな田んぼを集約し、大型機械で効率的に米作りができるような土地の改良 が進みましたが、のちに遊休農地の増加は大きな課題となりました。一ノ瀬さんは「どうせ作らないなら、ただ生えてくる草を刈るだけではなく、花畑を作りたい」という思いから、まずはレンゲ畑(窒素分を含むマメ科植物。緑肥になるため、かつては稲刈り前に種まきをして5月の開花後にすき込み水を張って田植えをしていたそうで、大変な労力だったそう)に挑戦。一年目は見事なレンゲ畑になったものの、翌年以降はこぼれ種で増えた草に負け草畑になってしまいました。草の種を絶やすためには水を張り再度田んぼにする必要があり、その後、赤やピンクのポピー畑、黄色やオレンジのアフリカンマリーゴールド畑(背の高いタイプのマリーゴールド)など、遊休農地を活用し、美しい景観づくりに貢献されています。
そしてもう一つ、遊休農地の有効活用のために一ノ瀬さんが関わる取り組みとして「上西条そば生産者組合」があります。元は、上西条の「水と緑を守る会」から引き継がれ5年前に発足した組合。年々ソバ栽培の面積は増え、延べ6haほどを一ノ瀬さんを含む9人の組合員で管理しています。田んぼの転作畑で、多湿を嫌うソバを生産することはそう容易ではありません。様々な経費や労力を考えると、補助金がなかったらできないこと。‘転作奨励金’として国・県・市からの支援により成り立っているそうです。
収穫は農業公社にコンバインを依頼するためコンバインが空く日程に合わせてスケジュールが決まります。(本来はソバの花がまだ少し残っているくらい、ソバの実が落ちないうちに収穫するのがベストだそう)
収穫自体はコンバインの仕事。いっぱいになったコンバイン袋を入れ替えたり、軽トラに乗せ換えて計量・記録・JAに出荷するのが、一ノ瀬さんの仕事。
昔ながらの趣のある秤。使いこなすのもベテランならでは!
昨年は、このあたりに出没するカモシカに大部分を食べられてしまったそうです。特別天然記念物であるカモシカは駆除できないため、全ての農地に電気柵を設置。(写真左:黒い部分がカモシカの通り道)
‘そば切り発祥の地’とも言われる信州は全国的にも高品質なソバがとれる気候に恵まれています。景観も農地も、人の手が入らなくなれば途端に荒れてしまうもの。次世代に受け継ぎたい風土や特産品を守りたいという思いが、この一粒一粒に込められているような気がしました。
農ある暮らし相談センターアドバイザーの山村が、県内にお住まいの皆さまのお宅に伺い、取材させていただいたものを記事にします。
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